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人生を変えたスノボーでカナダへ留学

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人生を変えたスノボーでカナダへ留学

日本では静岡から、留学中はカナダからいつでもアクセスして学習することができました

K.I

さん

学校でつまずいた僕をスノボーが救ったふさぎ込んでいる僕を見かねて、「スノボーしに行こう!」と、当時大学生だった兄がスキー場に連れて行ってくれました。それが、僕とスノボーの初めての出会いでした。そのとき僕は、高校2年生で受験して入った全日制の進学校が面白くなく、悶々とした日々を送っていました。

生まれて初めて体験したスノボーはイヤなことをすべて忘れさせてくれ、全身で板のバランスを取りながらゲレンデを滑り降りてくる爽快感にやみつきになりました。それからというもの、時間とお金が許すかぎりスキー場に通ってスノボー三昧をしていました。スノボーにのめり込むうち、いつか資格を取ってインストラクターになりたいと考えるようになり、以前から海外に留学してみたい気持ちもあったのでスノボー留学が当面の目標になりました。

通っていた高校は2年で自主退学して、高3の4月から東京インターハイスクール(TIHS)に編入しました。最初の頃は時間をもてあまし、夜更かししてTVゲームばかりやっている生活でした。そんな僕を見て、両親はとても心配したと思います。実家は静岡で、お茶とブルーベリーを栽培しているので9月にニュージーランドへ行くことを決めてから、少しでも旅費の足しにするために家業の手伝いをけんめいにしました。

待ちに待った9月、僕にとって初めての海外一人旅です。ニュージーランドでは1週間のスケジュールに沿った規則的な生活だったので、帰国してからは、ダラダラした生活が急に「もったいない!」と感じるようになりました。9月下旬には、TIHSの屋久島研修学宿にも参加しました。この研修で僕と同じような悩みを抱えてTIHSで学習している生徒2人と出会い、とっても良い友人関係が作れました

カナダのウィスラーに留学し、資格を取得

カナダにある北米最大のスキー場、ウィスラーに念願のスノボー留学を果たしたのは翌年2月のことです。もちろん、スノボーのための留学ですが、語学研修もみっちりしました。なにしろ、インストラクターを目指す人たちが世界中から集まるスクールです。スノボーインストラクターの資格だけなら、日本でも取れます。でも、ティーチングスキルに関しては、カナダは先進国。日本のスノボーがスキルアップに重点を置くのに対し、カナダでは、生徒にいかに楽しく安全に雪と遊ぶかを徹底して教えます。

カナダでホームステイをしながらインストラクターの資格取得を目指していた最中に左上腕骨の複雑骨折をしてしまいました。目の前が真っ暗になりました。幸運なことに帰国する予定を延ばしていたので、早急に病院で上腕にプレートを入れて骨を固定する手術を受けて、試験に合格することができました。苦しい中で“レベル1”のライセンスが取得できたことは、スムーズに資格を手に入れるより何倍もうれしかったです。

同年11月“レベル2”に挑戦するために再度カナダに留学しました。“レベル1”は子供と初心者を教えるノウハウですが、“レベル2”は中級レベルのスノーボーダーを指導するライセンスです。“レベル2”を持っていれば、世界中の山で公認インストラクターとして通用するので、“レベル2”を是非取得したかったのです。半年近くウィスラーに留まり“レベル2”の資格を取得しました。

冬はインストラクター、夏はキャンプの世話役

新潟県妙高市に「ARAI MOUNTAIN AND SPA」というリゾート施設がります。ホテルあり、スキー場あり、フィットネスあり、スパありというマウンテンリゾートです。僕はそこの冬季スタッフとして就職しました。仕事はもちろん、スノーボードのインストラクターです。

でも、夏は小学生対象のキャンプが開催され、チビッコたちの世話役もします。それ以外の季節は家業の手伝い。会社に就職して拘束されるより、このライフスタイルが自分にはすごく合っている気がします。何度か海外を体験して、日本の良さも再認識できたので時間があると国内の一人旅に出かけます。いまいちばん気にいっているのが京都です。お寺に行くと、心から「いいなぁ」って落ち着きます。

TIHSは、ネットを通じて自学自習するシステムだから、世界中どこにいても学校にいることになります。日本では静岡から、留学中はカナダからいつでもアクセスして学習することができました。
最初に自分が担任(学習コーチ)と一緒に設定した課題を学習してネットで報告すれば、いつでも、どこでも自由に好きなことをやれる、それがこの学校の最大の魅力です。

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